東京高等裁判所 平成8年(ネ)6162号 判決 1998年2月26日
控訴人(被告) 株式会社げんよう
被控訴人(原告) 有限会社ミユキ工芸
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文と同旨の判決
二 被控訴人
「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決
第二事案の概要
一 本件は、被控訴人が、控訴人に対し、控訴人が製造、販売する原判決別紙被告商品物件目録記載のキーホルダー(以下「被告商品」という。)は、<1>被控訴人が製造、販売し、その形態が被控訴人の商品であることを表示するものとして広く知られている原判決別紙原告商品物件目録記載のキーホルダー(商品名「ドラゴン・ソード」。以下「原告商品」という。)と形態が類似しており、原告商品と混同を生じさせている、<2>原告商品の形態を模倣した商品であると主張し、被告商品の製造・販売行為は、<1>の点で不正競争防止法二条一項一号に、<2>の点で同項三号にそれぞれ該当する不正競争行為であるとして、同法四条に基づき損害の賠償を求めた事案である。
なお、被告商品の製造・販売行為の差止請求並びに被告商品及びその製造に供した金型の廃棄請求は、当審において取り下げられた。
二 判断の基礎となる事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、原判決の四頁六行ないし一四頁八行〔知裁集二八巻四号八二四頁三行目ないし八二八頁末行〕に記載のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決五頁三行目から四行目にかけて〔同上、八二四頁九行目〕の「甲二ないし五、」の次に「証人村山徳三朗の証言、」を加える。)。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
原判決一四頁一一行ないし一九頁七行〔同上、八二九頁三行目ないし八三一頁三行目〕を引用する。
二 争点2について
1 原判決別紙原告商品物件目録、同被告商品物件目録、及び、検甲第一号証、検甲第二号証によれば、原告商品、被告商品の各形態は次のとおりであると認められる。
(一) 原告商品
(1) 本体部分は、全体が金属製で偏平であり、柄及び刃体と鍔部とが交差して縦長の概略十字形をなす双刃の洋剣の刃先を下方に向けたものに、竜が、下方の洋剣の刃先部分から、刃体、鍔部、柄部と上方に向けて左巻きにほぼ二巻き螺旋状に巻きついた状態に浮彫りされている。本体部分の上端の孔に連結部の一端の環が挿通され、連結部の他端の環に鍵を保持する大きな円形のリングが挿通されている。
(2) 本体部分の表面から見ると、竜は、鍔部の左端に右前足を、柄部と鍔部の交差部分の右側に左前足をかけ、頭部を柄上端部分に右上方から左斜め下方に向けており、同方向をにらみながら、威嚇するように口を開け、牙を見せている。竜の胴体は洋剣の刃体の中程の手前側を左上から右下へS字状にうねり、刃体の裏側を回って尾の先が刃先の左方に表れている。
(3) 本体部分の大きさは、縦約六・八センチメートル、横最大幅約二・七センチメートルである。
(4) 本体部分の表面側の略十字形の洋剣の十字の中心部分には、宝石状にカットされた円い形状の紅色のガラス玉がはめ込まれている。
(5) 本体部分の裏面部分は、右(1) 、(2) の状態の裏側を見るように、下から上に竜が洋剣に巻きつく形状に浮彫りされている。
(6) 全体の色彩は、金属的光沢を有する黒味を帯びた銀色である。
(7) 竜の顔、鱗などの彫りは幾分浅く、鋸刃状の背鰭は大きめである。
(二) 被告商品
(1) 本体部分は、全体が金属製で偏平であり、柄及び刃体と鍔部とが交差して縦長の概略十字形をなす双刃の洋剣の刃先を下方に向けたものに、竜が、下方の洋剣の刃先部分から、刃体、鍔部、柄部と上方に向けて左巻きにほぼ二巻き螺旋状に巻きついた状態に浮彫りされている。本体部分の上端の孔に連結部の一端の環が挿通され、連結部の他端の環に鍵を保持する大きな円形のリングが挿通されている。
(2) 竜は胴体の両端に頭部のある双頭の竜であり、本体部分の表面から見ると、柄部分側の頭を前と考えて、鍔部の左端に右前足を、柄部と鍔部の交差部分よりやや右側に左前足をかけ、前の頭部を柄上端部分に右上方から左斜め下方に向けており、同方向をにらみながら、威嚇するように口を開け、牙を見せている。竜の胴体は洋剣の刃体の中程の手前側を左上から右下へS字状にうねり、刃体の裏側を回って刃先の左方のもう一方の頭部(後側の頭部)となっている。竜は、両後足(後側の頭部から見ると両前足)で刃体下方の最も幅の広い部分を両側からつかみ、後側の頭部は、左下から右斜上方に向いており、柄部分側の頭部と向き合って、にらみながら威嚇するように口を開け、牙を見せている。
(3) 本体部分の大きさは、縦約八センチメートル、横最大幅約四センチメートルである。
(4) 本体部分の表面側の略十字形の洋剣の十字の中心部分には、宝石状にカットされた円い形状の薄紫色のガラス玉がはめ込まれている。
(5) 本体部分の裏面部分は、右(1) 、(2) の状態の裏側を見るように、下から上に竜が洋剣に巻きつく形状に浮彫りされている。
(6) 全体の色彩は、金属的光沢を有する黒味を帯びた銀色である。
(7) 竜の顔、鱗などの彫りは深く、鋸刃状の背鰭は小さめである。
2 ところで、不正競争防止法二条一項三号にいう「模倣」とは、既に存在する他人の商品の形態をまねてこれと同一または実質的に同一の形態の商品を作り出すことをいい、客観的には、他人の商品と作り出された商品を対比して観察した場合に、形態が同一であるか実質的に同一といえる程に酷似していることを要し、主観的には、当該他人の商品形態を知り、これを形態が同一であるか実質的に同一といえる程に酷似した形態の商品と客観的に評価される形態の商品を作り出すことを認識していることを要するものである。
ここで、作り出された商品の形態が既に存在する他人の商品の形態と相違するところがあっても、その相違がわずかな改変に基づくものであって、酷似しているものと評価できるような場合には、実質的に同一の形態であるというべきであるが、当該改変の着想の難易、改変の内容・程度、改変による形態的効果等を総合的に判断して、当該改変によって相応の形態上の特徴がもたらされ、既に存在する他人の商品の形態と酷似しているものと評価できないような場合には、実質的に同一の形態とはいえないものというべきである。
3 これを本件についてみると、前記1の認定事実によれば、原告商品と被告商品とは、本体部分において、全体が金属製で偏平であり、柄及び刃体と鍔部とが交差して縦長の概略十字形をなし、表面側の十字の中心部分に宝石状にカットされた円い形状のガラス玉がはめ込まれている双刃の洋剣の刃先を下方に向けたものに、竜が、下方の洋剣の刃先部分から、刃体、鍔部、柄部と上方に向けて左巻きにほぼ二巻き螺旋状に巻きついた状態に表側、裏側共に浮彫りされており、本体部分の上端の孔に連結部の一端の環が挿通され、連結部の他端の環に鍵を保持する大きなリングが挿通されている点、本体部分の表面から見ると、柄上端部分にその頭部を表す竜は、鍔部の左端に右前足を、柄部と鍔部の交差部分の右側に左前足をかけ、頭部を柄上端部分に右上方から左斜め下方に向けて、同方向をにらみながら、威嚇するように口を開け、牙を見せており、胴体が洋剣の刃体の中程の手前側を左上から右下へS字状にうねり、刃体の裏側を回って洋剣に巻きついている点、全体の色彩が、金属的光沢を有する黒味を帯びた銀色である点で共通していることが認められるが、他方、原告商品では、洋剣に巻きついている竜は頭部が一個の通常の竜であり、表面側から見て、洋剣の刃先の左方に尾の先が表れているのに対し、被告商品では、洋剣に巻きついている竜は胴体の両端に頭部のある双頭の竜であり、表面側から見て、洋剣の刃先の左方にも頭部が表れており、左下から右斜上方に向いて柄部分側の頭部と向き合ってにらみながら威嚇するように口を開け、牙を見せている点、本体部分の大きさが、原告商品では、縦約六・八センチメートル、横最大幅は約二・七センチメートルであるのに対し、被告商品では、縦約八センチメートル、横最大幅は約四センチメートルである点、竜の顔、鱗などの彫りの深さ、背鰭の形状の詳細、ガラス玉の色の点で異なっていることが認められる。
右のとおり、原告商品は頭部が一個の通常の竜であるのに対し、被告商品は胴体の両端に頭部のある双頭の竜であるという相違点が存するところ、被告商品の製造、販売時において、双頭の竜を表したキーホルダーが存在したことを認め得る的確な証拠はなく(証人村山徳三朗は、右のようなキーホルダーを見たことがある旨供述しているが、たやすく措信できない。)、また、双頭あるいは複数の頭を有する竜のデザイン自体がよく知られたものであることを認め得る証拠もないこと、原告商品、被告商品とも、基本的には、洋剣と竜のデザインを組み合わせたものであって、商品としての形態上、竜の具体的形態が占める比重は極めて高く、被告商品において洋剣の柄部分側と刃先側に表された竜の頭部が向き合っている形態は、需要者に強く印象づけられるものと推認されることからすると、被告商品における竜の具体的形態は、被告商品の全体的な形態の中にあって独自の形態的な特徴をもたらしているものと認められること、本体部分の大きさの違いもわずかであるとはいえず、表面部分の面積を対比しても、ほぼ一(原告商品)対二(被告商品)程度の違いがあり、量感的にも相当の違いがあること(検甲第一、第二号証)からすると、原告商品の形態と被告商品の形態との間に前記のとおりの共通点が存すること、及び、原告商品の製造、販売当時(平成六年一月)において、原告商品の基本的構成である、本体部分において、全体が金属製で偏平であり、柄及び刃体と鍔部とが交差して縦長の概略十字形で表面側の十字の中心部分に宝石状にカットされた円い形状のガラス玉がはめ込まれている双刃の洋剣に、竜が、洋剣の刃先部分から、刃体、鍔部、柄部と上方に向けて左巻きにほぼ二巻き螺旋状に巻きついた状態に表側、裏側共に浮彫りされている形態、あるいはこれに類似する形態を有するキーホルダーが存在していたことを認めるに足りる証拠がないことを考慮しても、被告商品の形態が原告商品の形態に酷似しているとまでは認め難く、実質的に同一であるとは認められない。
したがって、その余の点について検討するまでもなく、被告商品は、原告商品の形態を模倣したものとは認められない。
ちなみに、証人村山徳三朗(被控訴人の前代表者)は、控訴人代理人が検甲第二号証(被告商品)を示して、「これは竜の頭が二つありますよね。」という尋問を行ったのに対して、「この商品は改造なさったんじゃないですか。」と証言しているが、このことは、同証人自身、被告商品の形態が原告商品の形態に酷似しているとは認識していなかったことを窺わせるものである。
三 結論
以上のとおりであって、被控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却すべきである。
よって、右と結論を異にする原判決を取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濱崎浩一 裁判官 市川正巳)